つれづれなるままに・・・

日々の思ったことを綴っていきます。

新採点法と2019年世界選手権結果に

最初の4LzのGOEが4.7を超えた数字が表示された時、「羽生は2位だな」と確信した。4.76という数字が出るのは4がずらっと5も幾つか出されなければつかない数字だ。あのジャンプにそんなGOEがついてしまえばSPで出遅れ構成でも劣る羽生に勝ち目はない。

実際出た数字はFSで10点、トータルでは23点も点差が開いたものになった。それを確認したとき「ここまで差がつくのか・・・」とちょっとショックに近い感覚を抱いてしまった。羽生の演技がジャンプで一つミスがあったとはいえここまでの差がつくほどとは思えなかっただけに出された数字が衝撃だったのだろう。

 

GOEが+5~-5の11段階になると聞いた時、喜ばしいと思うより不安の方が強かった。これまで以上にジャッジの思惟が如実に反映される。勝たせたい選手に勝たせる、そんな競技に今まで以上になってしまうのではと危惧したのだ。

その危惧はシーズン始まってすぐに現実化した。これまでより上がったGOEはその要件を満たしているとは思えない要素に簡単に+4+5が並ぶ。一方で下位選手も含め思ったより出ないなぁと感じる選手も現れてくる。特に今シーズンからGOEが要素の基礎点によって準じているので構成の高い選手に(リスクもあるが)より有利になった。

面白いことに転倒を除くGOEのマイナスは先シーズンまでとあまり変わらない。有名選手のお手付きやステップアウトは下手をするとほぼマイナスがない何てこともあったりする。プラスマイナス相殺とはいえマイナスがプラスに比べ小さいのなら綺麗に着氷できなくてもとりあえず飛ぼうという方向に向かうだろう。実際4Lzを飛ぶ選手はどんどん増えてきている。

 

フィギュアスケートがそういう方向に向かうことが望ましいと思っているのならそれはそれで仕方ないだろう。しかし様々におざなりになってしまった部分に目が付く。ネイサンの大差での勝利はそれを上手く覆い隠してしまうかもしれない。

 

2019年世界選手権の勝利者がネイサン・チェンであることに疑いようはない。それでももやもやとした気持ちを抱きながらプロトコルを見た時、私は思っていたのとは違う数字の並びに思わず目を擦ってしまった。

 

羽生結弦は勝てたんだ・・・」

 

ネイサンの点数が表示された時私が絶望的な思いを抱いたのは羽生がどれほどジャンプをまとめてもより高構成のネイサン・チェンがノーミスしたら勝てないと思ってしまったからだ。スケーティングや要素の質がどれほど良くても構成が高い選手には勝てない、フィギュアスケートはそういう競技になってしまったのだと感じた。より高難度化した選手が勝つ、そういう競技になってしまえば羽生結弦のような選手は2度と表れなくなってしまう。それは寧ろ協議を衰退させるのではと思えたのだ。

 

今回の世界選手権の1位と2位の順位はもうSP終了時点で決まってしまった。羽生の4Sが抜けた時点でネイサンのミスなく羽生が勝利する可能性は無くなったからだ。ただ試合を終えた後、プロトコルを見た時に感じたのはもっと違うそれでいて致命的な敗因があったのだということだ。それはここ2年の羽生の怪我による試合数の少なさだ。

 

羽生結弦はスロースターターな選手だと言われる。試合をこなすことで自分の課題や問題を克服しプログラムを完成させてゆく。先シーズンも今シーズンもシーズン半ばで離脱→最も大きな試合で復帰を繰り返した。それでも五輪では勝ち今回は負けた。そのもっとも大きな違いはプログラム熟練度だ。五輪時のプログラムはSPもFSも持ち越しプロだ。1シーズン以上滑り込んだプログラムであったため彼自身に曲やプログラムが浸透されていた。

しかし今シーズンは両方とも新プログラムだ。SPはそこそこシーズン冒頭から滑れていたがFSはまだ消化しきれていない感じだった。特に3戦目のロシアで怪我し急遽構成を変える荒業を駆使するなど「羽生結弦の完成への道」の行程は大幅に変化せざるを得なかった。GPF・全日本・4CCとプログラムを練っていくその過程を全て失った。

勿論練習では何度も通しを行っただろう。しかし試合と練習は違う。羽生の場合は公式練習も見ても試合と練習の感覚の違いがあると感じる。試合の中の自分の感覚がつかみ切れていないなかでの演技はSPで抜けを引き起こし、FS前に点差を跳ね返すためにいつも以上にジャンプ練習を繰り返すといった「不足分を補う」修正を余儀なくされた。しかしそれは正しい判断だったのだろう。確かにFSは今シーズンで最も良い演技にはなった。ただ・・・その演技が勝利には及ばなかったことは明らかだ。

羽生のFSは確かにすごい演技だった。しかし見ながら「もう少し完成した演技が見たかった」と思ってしまったことも事実だ。4Sのミスはともかく最初のステップから明らかに体力とジャンプの兼ね合いかスピードが調整されだした。恐らく復帰戦であるため自分がどこまでこなせるのかの感覚がつかめていなかったのだろう。ステップもSPに比べれば浮いたように滑っているように見えた。レベルが3になった辺り認定されない要素があったのだろう。羽生はFSステップのレベルが4とれないことが多い。これも試合をこなすことで弱点を修正する必要がある要素だ。だがぶっつけ本番になってしまった今回はそこまで気を回すことが出来なかった。

ジャンプも同じだ。今シーズン出た試合でこれまですんなりとジャンプを入れることが出来ていなかった。だから今回はとにかく「すべてのジャンプを確実に飛んで降りる」ことが何より優先されてしまった。4Sのミスでその意識が更に高まったように思われた。そのため調節されたスピードではどうしてもコンビネーション3連発のラストジャンプの着氷が怪しくなってしまう。フリーレッグが落ち腰が引けたような未完成の着氷では「羽生結弦の場合」+4以上は付きにくい。練習でもっと良い着氷を見ているジャッジの目が肥えてしまっているからだ。

 羽生結弦は羽生比で採点される、とよく言われる。他の選手から見れば十分良いジャンプを飛んでいるのに思ったほどよいGOEがつかないというものだ。確かに他の選手の高GOEジャンプと羽生のジャンプのGOEに齟齬がある印象はある。恐らくジャッジの中にこれが羽生結弦の+5というジャンプがありそこから実際のジャンプとの比較でGOEがついているといった側面があるのだろう。

 

今回は怪我後の未完成プログラムというほぼシーズン初戦に近い状態だった羽生にとっては良いジャンプを飛びたいと思ってはいてもそこまでこなしきれないという状況だった。勿論それは怪我をした自身に原因があるため言い訳はできない。ネイサンはSP・FS全てのジャンプを降りて見せたためそれが出来なかった羽生は完敗だった。

 

それでも絶望的な思いで見たプロトコルはそこまで悲惨ではなかった。ネイサンのGOEが+4+5がぞろぞろ並んでいるのに対しここまで付くジャンプだったかなぁと思いはある。でも羽生がそこまで良い着氷じゃないため∔4以上が少ない現状を見ればあと2試合くらい健康な状態で試合ができていればもう少しあのステップがなじんでいただろうし後半のジャンプの質を上げられただろう。とにかく今回の敗因は「怪我による試合不足・プログラムの精錬不足」なのだ。

なにより私が驚いたのは基礎点の差だ。4Lo・4S回転不足・ステップレベル3・4T~3Aシークエンス・Lz無しの羽生に対し4Lz・4Fのネイサンが6点しか差がなかった。2回転がないことは両者同じだがシークエンスで8掛けになるとはいえ3Aを2回入れられることが3T2回のネイサンとの差をかなり埋めていた。その大きさが今季初めて同じ試合に出たことではっきり認識できた。羽生の回転不足とレベルが取れていればこの差は半減する。今シーズンはルール変更の為そこまで注意深く構成差など計算してこなかったが予想以上に小さかったことに驚いた。

20点以上の差が付いたのは4Sの2つのミスがほとんどだ。これが2つともそこそこに入っていればTESは15~17点上積みできるし当然PCSもあと1~2点上がるだろう。もう少しSP差が僅差であればFSのネイサンのGOEの付き方も多少変わったかもしれない。そうなれば順位はわからなかった。

 

ただ羽生は4Sで2回ミスをした。そしてネイサンはそれでは勝てない相手となった。それが明らかになった試合であったことは確かだ。今後はネイサンに勝つためにはこれまでとは違った視点が必要となった。

現在の羽生とネイサンの関係はソチ五輪前後のパトリック・チャン羽生結弦のような状態だ。若く勢いがあり最高難度構成のジャンプを降りれる選手と実績とスケーティングの良さ、まずまずの高構成の選手が戦うガチンコ勝負、こうなるとジャッジは割と甘めに若手を採点しがちだ。実際スケーティングのレベルについては羽生は全くチャンには及ばなかった。しかし入り出の難しさととエレメンツの質の良さでチャンに対抗した。高構成は並び立った時上回るための要素としたのだ。

 

ネイサンの高得点にもやっとしてしまうのはスケーティングやエレメンツの質、プログラムの密度に対し羽生に利がありながら高難度を降りるだけでそれに並び立ち上回ってしまうところだろう。そこがチャン・羽生の関係と多少異なる部分ではある。特にFSは飛んで降りるだけとなる時間も長いうえネイサンのジャンプが+4+5が並ぶほど良い質でないことも確かだ。ただ採点競技である以上ジャッジの思惟を排除することはできない。ある程度の「思惑」は飲み込んだうえで戦略を練て実行する必要が「ベテラン」にはあるのかもしれない。

 

ネイサン・チェンと羽生結弦の競技に対する思いは違う。二人の演技にそれは明らかに表れている。羽生は+5を貰う質の良いエレメンツを実行しながら人々を魅了する演技をしようとしている。一方でネイサンは確実に要素をこなし高得点を得る方式を選択している。+5は最初から求めていない。安定的したジャンプを継続的に降りることで確かな技術をジャッジに印象付ける。普通の質であるが+3以上を1度でもつけてしまえばそれ以降下げることはできなくなる。前より少しでも良いと感じれば+4+5を付けざるを得ないという方式を取っている。ネイサンの着氷は前傾し多少力の入ったものが多いがフリーレッグを上げる意識が高く後ろで何もしないため4回転の場合勢いで嫌でも流れる。これでおそらく+3が付いてしまうのだろう。今回も4Fはつまって決して良いジャンプではなかったが∔2に近い数字が出たことからもこの辺りは明らかだ。直前の羽生がフリーレッグがすぐ着くジャンプが多かったから余計意識されたのかもしれない。

ネイサンのジャンプが羽生より安定しているのは体型の違いも大きいだろう。身長が高すぎず極端に痩せていない。ジャンプも高さも幅もそこそことある意味コントロールしやすい形であることも強みだ。ボーヤンのかっとんだ4Lzやコリャダーの高さのような見栄えはないが強みがない分こだわりがなく着実な着氷を選択できるのかもしれない。過去の転倒を見ても羽生のような派手な倒れ方をしない分怪我のリスクも減らせる。

羽生結弦のジャンプは最高のタイミングで飛べば高さも幅もでてこの上もなく美しいものになる。一方でその踏切のタイミングは非常に微妙なものだと感じるし転倒した場合は派手に飛んでゆき怪我のリスクが高くなる。音楽に合わせようとすれば猶更だ。

しかしネイサンを見ればそこまでのこだわりがない。確実に飛んで降りるそのことにまず重点が置かれているため多少タイミングがずれても抜けや転倒は少なくこらえ着氷の度合いで調節できている。これが成功率の高さに結びついている。着氷も足を上げるため前傾で流れる姿勢に慣れている。見る者としてはあまり美しくないがGOEの付き方の検証をした場合この方が彼には良いと判断したのだろう。高構成ではあるが難度を上げすぎない、これがネイサン・チェンの戦略だ。完成度の及ばない経験の少ない今回の羽生結弦ではこの作戦に勝てなかったのだ。

 

一部のスポーツ紙では羽生がネイサンに勝つには構成を上げるしか無い的な論調が目立つ。確かに現在の採点のやり方ではそれが出来れば良いと思える部分がある。

しかし今回のプロトコルを見るとむしろその必要はないんじゃないかと思えてしまう。ネイサンは高構成の上かなりのGOEを獲得した。FSの点差はGOE差がかなり大きい。それでもこの構成ではネイサンがこれ以上の点数を得るのはかなり難しいとむしろ思える。あげられるのは4Fとラストの3連続のGOEくらいだ。4Sと4Loも過去飛んでいるがエッジジャンプがあまり得意でないことは構成を見ても明らかだ。勉学に忙しくなる今後を思えば構成を上げる必要をそこまで感じないかもしれない。

だとしたら羽生が4Lzや4Fを入れる必要はない。4Aは飛びたいと言っているがこれも勝つための戦略としては微妙だと思う。ロマンを求める気持ちで行うならネイサン並みに確実な着氷を求めてからにした方がいい。入り出の凝りも負担にならない程度に抑えてまず確実に降りるプログラムにした方がいい。

 

私自身靭帯をひどく痛めた経験がある。伸ばしてしまった靭帯は元には戻らない。私は1度の靭帯損傷により正座することが出来なくなってしまった。

羽生結弦はおそらく私以上に靭帯を痛めている。それに対してはもう負担をかけすぎないでしか処置はできないだろう。そして羽生結弦の体型は美しさは映えるが一方でひょろ長い分歪みやすい。少しの力加減の誤りが足首や膝の負担となりやすい。力業による強引な着氷を防ぎ弱い部分の負荷を減らす必要がある。自身の理想と体の現実に向き合い最も効率的に効果的に点数を重ねる方法を羽生は再検討する必要がある。ネイサンは今回のジャンプで多くの+4+5を獲得した。つまりネイサンはあの程度のジャンプで今後高GOEを得られる実績を作った。これまで羽生がネイサンに対し持っていたアドバンテージはかなり減らされたと言える。PCSもネイサンが今後もエレメンツを着実にこなせばほぼ変わらない数字が出ることになる。

 

理想の4Aはともかく4Lzと4Fは必要ないと私個人的には思っている。ただし3Lzは入れるべきだろう。3Loを外し3LzにすればFSの構成差はもう少し縮められるし6種を入れることで仮に4Loが抜けて3Loになっても後ろの構成を変える必要がなくなる。ジャンプ7回に減り6種入れる必要を以前ほど感じなくなったがそれでも6種飛べるという事をジャッジに意識させることは悪くないはずだ。

 

来季ネイサンが出場するかはわからない。出場するしないに関わらず羽生が来シーズン必要なのは抜けの根絶だ。特にSPは常にパーフェクトに降りる必要がある。構成を変える必要はないが氷の環境は場所によりかなり異なりエッジジャンプはその影響を受けやすい。トゥジャンプはそこまで影響がないようなのでネイサンはミスらない前提で自分の演技を作る必要がある。

 

悔しい結果ではあるがあの演技を見てむしろこれからの羽生が楽しみになった。まだ未完成感の強い羽生のFSを持ち越してほしいがどういう選択をするだろう?新しいプログラムにするにせよ羽生が良い演技をするためにはある程度試合をこなす必要を今回感じた。来季はぜひ怪我がない試合にでれる体調を維持するシーズンにして欲しい。より良く完成されてゆくプログラムを是非見せて欲しい。

 

ネイサンにとっては最高の羽生にとってはかなり悔しいシーズンが終わる。この結果が来季以降そして次の五輪にどう影響を与えるのか今から非常に楽しみだ。他の選手も多くが悔しく得る者の多い大会だったと思う。ぜひ皆元気な体で来季も大会に出場して欲しい。

 

選手の皆様2018-19シーズンお疲れ様でした。来季も良演技が見られることを期待しています。