戦略の羽生vs戦術のネイサン 2幕目
ロステレコム杯の男子シングルは転倒が多かった。氷が固いと着氷がはねるというしエッジジャンプは柔らかめの方が飛びやすいという。羽生の4LoがSPFSともに失敗しネイサンが回避したことから見てもそれが結果に影響を与えたかもしれない。ただ同条件下での戦いなので理由にはならない。
それでも4回転入りプログラムでFS転倒しなかったネイサンと羽生がトップを争い、クヴィテラシヴィリが順位を上げた。五輪シーズンである今季はやはり転倒などの大きなミスは昨季までに比べより影響を与えそうに感じる。どの選手もその辺り十分理解して試合に向けて準備して欲しい。
ネイサンと羽生は四大陸でも僅差の戦いをした。その再現ともいえる結果になったロステレコムの数字をまとめておく。
【SP】
ジャンプ予定構成
ネイサン 4Lz+3T // 4F 3A =40.78
羽生 4Lo // 3A 4T+3T =37.41 差3.37
ネイサンの構成が当初聞いていたものよりは下がっていた。最高難度の4回転を後半2本というのはやはりリスクが高かったのだろう。基礎点の差はそんなわけで3.37と少しだけ近くなった。
実際試合で実施した基礎点は下記になる。
<基礎点> ネイサン 羽生
ジャンプ 40.78 33.81-1
スピン 9.30 9.20
ステップ 3.90 3.90
基礎点計 53.98 46.91(45.91)差7.07(8.07)
基礎点満点からの達成率
ネイサン 99.26%
羽生 91.96%(転倒減点込90.00%)
ステップは二人ともレベル4でスピンは1つずつレベルを落とした。ネイサンはジャンプの基礎点を確保したが羽生は4LoでURを取られたため基礎点差が7.07と広がった。二人の点差が5.69点だったのでほとんどが基礎点差ということになる。レベル4をそろえるのはトップ選手では当然となってきているのでSPでは抜けと回転不足と転倒はやはりやってはいけない。今回はそのうち2つをしてしまったことが羽生の敗因ということが良くわかる。
<GOE> ネイサン 羽生
ジャンプ -0.32 -2.60
スピン 2.21 2.93
ステップ 1.70 2.00
基礎点計 3.59 2.33 差1.26
転倒とURと大きなジャンプミスを2つしたためGOEでもネイサンに軍配が上がった。スピンとステップでは羽生が上回っているがSPではネイサンも動けるのでそこまでの差は付かない。要素が少ない分ジャンプミスがいかに大きいかが見て取れる。
<TES計> ネイサン 羽生
ジャンプ 40.46 31.21 -1
スピン 11.51 12.13
ステップ 5.60 5.90
基礎点計 57.57 49.24(48.24) 差8.33(9.33)
質の良さで勝負の羽生にとっては大きなミスというのは痛い。SP6点ほどの点差が埋められない結果を2試合体験したのだから安定の大切さが身に染みただろう。4Sにしたらもっと安定すると思うがたぶん挑戦はやめないと思うので今回のようにエッジジャンプが飛びにくい氷でも4Loを確実に飛ぶ&後半コンボを鉄板化する必要がある。
<PCS> ネイサン 羽生
SS 8.61 9.43 -0.82
TR 8.39 9.18 -0.79
PE 8.61 9.21 -0.60
CO 8.57 9.43 -0.86
IN 8.79 9.36 -0.57
PCS計 42.97 46.61 -3.64
どちらも完璧ではなかったためそこそこの数字でおさまっている。今回の場合1項目辺り平均0.7強羽生が上回る。プログラムの密度や滑りなどまだ二人の差はあるのでネイサンは常にこの差を念頭に置いていく必要がありそうだ。
ただ羽生にしてもネイサンがあの高難度構成をそこそここなしていけば縮まることは理解しているはずだ。現在は構成差と同じ位なのでノーミス同士でも質の良さで上回れる。この差をジャッジに常に認識させるためにも完璧な演技を継続的に魅せる必要があるといえる。
【FS】
予定構成
ネイサン 4Lz+3T 4F 4S // 4T+2T+2Lo 4T 3A+2T 3A 3Lz =93.50
羽生 4Lz 4Lo 3F // 4S+3T 4T+Lo+3S 4T 3A+2T 3A =95.36
あくまで今回実行しようとした構成で比較ということになると実は羽生の方が高かったという結果に。ネイサンは練習で4Loがいまいちだったことと羽生がそこまで点数を伸ばせなかったからこそ抜くという選択をしたはずだ。今後はもっと構成を上げてくるだろう。
羽生はおそらくこの構成で今シーズンを通すだろうがネイサンは今後も羽生やほかの選手の状態や点数を見て変更してくるはずだ。決めた構成に対し完成度を上げていく羽生の戦略に対しネイサンはその場その場でその時に合った構成を実行する戦術戦を展開している。四大陸とロステレの結果は羽生にミスが多いためネイサンの戦術に軍配が上がっているということかもしれない。
実施構成
ネイサン 4Lz+3T 4F 4S // 4T+2T+2Lo 2T 3A 3A+2T* 3Lz=82.17 実行率87.88%
羽生 4Lz 3Lo 3F // 4S 2T 4T+3T 3A+2T 3A=73.17 実行率76.73%
2T抜けは両者同じであるが3連なしと4Lo抜けによって実行率に10%以上、基礎点でも9点差が生まれてしまった。羽生もリカバリを試みた部分はあるが最も点数の高いコンボを入れられなかったという点で十分ではなかったといえる。4回転の基礎点差が大きくものをいう時代にあって基礎点を確保する貪欲さはネイサンの方が上ということ。その辺り羽生はもう少し検討する必要がありそうだ。
<基礎点> ネイサン 羽生
ジャンプ 82.17 73.17
スピン 8.40 10.00
ステップ 5.30 5.30
基礎点計 95.87 88.47 差7.40
基礎点満点からの達成率
ネイサン 87.47%
羽生 79.52%
ラストがバタバタしたネイサンはスピンの基礎点を落とした。ただジャンプほど大きくなくステップレベルが同じだったためほんの少し縮めただけにとどまった。
FSではどちらも抜けレベル漏れがあるため達成率はそこまで高くない。それでもネイサンが羽生を8%ほど上回る。今回はこの構成での達成率であるが今後はもっと構成差が上回るはずなので羽生には抜け・コンボ取りこぼしはネイサン以上に大きな痛手となるはず。十分気を付けたい。
<GOE> ネイサン 羽生
ジャンプ 4.37 7.11
スピン 2.21 2.57
ステップ 2.40 3.39
基礎点計 8.98 13.07 差-4.09
お互い転倒がなかったためそれほど大きなマイナスはなかった。こういう勝負になるとSP以上に質の差がつきやすいため羽生が有利になる。ただ羽生にしても今回はこらえ着氷が多かったっためGOEが控えめだった。ステップでは羽生が1点近く上回ったがスピンは羽生比で良くなかったためそこまで稼げなかった。結果4点程しか上回れず失った基礎点差を埋められなかった。今回はこれも完成度で勝負しようする羽生の敗因だったといえる。
<TES計> ネイサン 羽生
ジャンプ 86.54 80.28
スピン 10.61 12.57
ステップ 7.70 8.69
基礎点計 104.85 101.54 差3.31
四大陸の時も書いたが結果的にこのTES差の3点が埋まらなかったことが羽生の負けた原因。PCSではまだ勝てるがそれでも今は如何にTESを稼ぐかが大事。特に今回のようにSPで差がある場合PCSだけで埋めるのは至難の業なのだ。SPで上位に立てればトータルで負けない演技をすればいいが5点以上負けているときは貪欲にTESを積み上げていくことがより必要になる。四大陸といいロステレコムといいほぼ同じことを繰り返してしまったことが大きかった。
ジャッジはあまりPCSで勝利する形を好まない傾向が見える。そういう意味でもTESをしっかり稼ぐことが勝利するためには大事だといえる。
<PCS> ネイサン 羽生
SS 8.96 9.54 -0.58×2
TR 8.57 9.18 -0.61×2
PE 8.89 9.43 -0.54×2
CO 8.89 9.50 -0.61×2
IN 8.89 9.54 -0.65×2
PCS計 88.40 94.38 -5.98
双方とも完璧ではないが転倒なく演技を終えたので数字はSPより上がっている。しかし上がり幅はネイサンの方が大きい。その為PCSの優位性も薄まっている。
今はこういう採点になりやすい。ジャッジとしては平等に採点しているつもりだろうが上限が見えている上位選手は伸び盛りの選手に比べると上げ幅がどうしても少なくなる。そういう意味でもTESで差をつかられないようにする必要がある。まして今回のようにSPで負けている場合、滑走順が先の場合はTESで負けたということもジャッジの心証的に若手に軍配を上げやすくさせる。あまりごちゃごちゃ演技前に考える必要はないが、傾向としてそういうものがあることはおそらく理解していると思う。今回ネイサンが勝ったという結果がまたそれを助長することになるはずだ。そういうこともあるからTESがより重要になる。五輪で勝ち抜くためには抜けと転倒は絶対にダメ。基礎点を失わなければPCSの優位性もあるから多少の着氷不良でも勝てる可能性が高い。ネイサンの何が何でも基礎点をつかみ取る姿勢に危機感を持たないといけない。
数字を見ると難度は変わっても四大陸と同じだなと感じる。今回初4Lz投入というミッションを無事にこなした。結果的にREP回避というリスク管理もできた。今後はもう一段回上がるためにクリアできなかった課題に取り組んでいくことになるだろう。その中にぜひとも「基礎点確保」という項目を優先的に加えて欲しい。少なくともコンボ消化は絶対条件。差が3点だったら3連を入れられたら勝てた可能性は高いのだ。4S4Tと立て続けにミスったことも問題だがそれ以上にコンボ抜けが大きかったと自覚して欲しい。同じ負け方を2度したわけなので3度目が今シーズン中起こらないことを期待する。
どちらも完璧ノーミスをしたら多少構成差があっても戦略をじっくり組んだ羽生の方に軍配が上がるはずだ。戦術というのはその場の対応という部分が大いにに含まれるわけでつなぎやプログラムの密度、質や完成度という部分ではまず上回れない。戦術の流動性に付け入るスキを与えない絶対的な質の演技を五輪でできるように一歩一歩シーズンの階段を上って欲しい。そのための経験としてこの負け方は良かったと思いたい。ぜひ今後に生かしてほしいと願っている。