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つれづれなるままに・・・

日々の思ったことを綴っていきます。

女神の髪を掴み損ねた男―――デニス・テン

悔しそうだな―
 
2015年世界選手権男子シングル表彰式を見て強く感じた。
笑みを浮かべているが目は笑っていない。唇をかみしめたい心情がにじみ出ていた。
羽生結弦のこと?
いや、違う。3位の台に乗ったカザフスタンデニス・テン選手だ。
 
もちろん2位の羽生も悔しかったと思う。
自身事あるごとにそう言っているし、国別対抗戦出場にあれほど熱く語るほどには消化しきれない思いがあるのだろう。
一方で彼は同門の仲間であり友人であるハビエル・フェルナンデスの優勝は間違いなく喜んでいる。
羽生の悔しさや怒りは100%できなかった自分自身に向けられている。
だから悔しさは見え隠れするが順位には納得しているので表彰台の笑顔には曇りはない。
しかしテンは少し違う。彼は自分が失敗したことは理解している。それでもどこか自分のついてなさを感じているように思える。まるで自分の前に立ってくれなかった女神を恨めしく感じているみたいに。
 
今回の男子シングルの出場者は30人。みな各々に目標やチャレンジを持って参加したはずだ。
例えば自己ベスト更新、FS進出、入賞、表彰台、来年の枠―――勝ちたいとはみな思っているだろうが現実的に考えて、本気で金メダルだけを狙って上海のリンクに立っていたのは、前年覇者の羽生結弦、2年連続表彰台のハビエル・フェルナンデス、五輪銅・過去銀持ちのデニス・テン、あとはロシアのマキシム・コフトゥン位だったと思う。
そして羽生を除けばもっとも金を取ることに固執していたのがデニス・テンだった。
なぜなら今年こそが3年後のオリンピックの金候補として足場を確立する絶好の機会だったからだ。
 
五輪銀で試合に出なくても別格と受け入れられているパトリック・チャンが不在、更に現男子シングル界で頭一つぬけていると認識されつつある羽生結弦が怪我や病気で万全でない、それが今年の世界選手権が始まった状況だった。
デニス・テンとチャン・羽生の間には実績やPCSで差がついている現状がある。不調とはいえ羽生に勝つことでこれ差を埋めて並び立ちたい、その思いがあっただろう。
ちょうど四大陸選手権で二人に並べる点数をだした直後だ。アピールにはもってこいの場であるし、フィギュアスケートにおいて「実績」は割と大きな意味を持つ。
試合前からそういう思いで練習してきただろうし、実際に上海に来て羽生の現状を見てさらに強めたことだろう。羽生結弦は明らかに調子が良くなかったからだ。
前年のオリンピックの時、好調だった羽生はほとんど練習でジャンプを失敗しなかったという。解説の本田氏も「練習で目を引いたのは羽生とプルシェンコ」というくらいだった。
しかし上海に到着した羽生は得点源の4Tが半分程の確率でしか決められない。代名詞のように言われる3Aですら安定していない状況だった。
軸がぶれるジャンプを見てテンはおそらく試合で3回の四回転をすべて決めるのは難しいと確信しただろう。
羽生結弦が強いのは誰よりも高い基礎点の構成を1ミス程度でこなせることと、決めたジャンプにGOEが付きやすいところだ。
FSでいえばテンと羽生には4点ほどのジャンプ基礎点差がある。四大陸並にテンがすべてのジャンプを降り羽生が1回四回転を転倒すれば4点差はほぼ無くなるし軸ブレして着氷がシェイキーではGOEの加点は付きにくくなるだろう。
テンのジャンプは羽生程ではないが十分加点は付くので対等以上に戦える、技術点である程度上回れればPCSでも上になれるのでは?と考えたかもしれない。
練習動画を見る限り好調を維持していたし何より安定していた。精神的にもそうだっただろう。
 
しかし……現実にはSPでは10点近く差をつけられた3位という結果だった。
羽生の四回転にミスが出てGPFに比べジャンプ加点が少なかったある意味予想通りの展開であったはずなのに、それ以上のミスを自分は行ってしまったのだ。
不運だという意見がネット上も多かった。音楽が正しく出なかったというアクシデントがあったからだ。音響を責める意見があちこちの掲示板やブログで踊った。
私もそう思う。あれはとても不幸な事故だった。同情を禁じ得ないしできればもう少し再開までの時間を与えてほしかった。テンのSPの結果に多大な影響を与えたことは間違いない。
ただ…それだけではないのでは?という思いも私にはある。演技位置につく前から少し変だなとは感じていたのだ。
私は世界選手権をライストで見ていた。男子はロシアで見ていたので6分間練習はすべて見れていたわけではない。しかし最終グループの映った6分間練習はどこか妙な印象を受けた。
全部終わった後で地上波で改めて見たのだが、私が感じた変な雰囲気は私だけではなく実況の西岡氏と解説の本田氏も(受け取り方は違うかもしれないが)言及していた。
妙な雰囲気をどう言葉にしていいのか難しいが、どこか不穏なそれでいて浮ついたような落ち着かない印象とでもいうのか―――ただ地上波の大画面で見たときそれがどこから来ていたものかなんとなく理解できた。
6分間は大切な時間だ。演技前最後に氷に乗る機会、自分の体調や氷の感触、エレメンツの最終確認と集中する時間だ。一方で同時に滑るライバルたちの動きも見える時間でもある。
集中しているから他の人の事まで見ていない、理想ではあるが完全にそれがシャットアウトできるわけでもない。
あの時間を何とも落ち着かない雰囲気にしてしまった一番の原因はズバリ「羽生の不調」だ。6分間練習でいつもほど動けていないしジャンプの精度も悪い。3Aすらシェイキーだ。
他者の出来にあまりこだわらない性格のハビエル・フェルナンデスと経験豊富で熟成された性格のセルゲイ・ヴォロノフはあまり影響されなかった(この二人はSPの出来もよかった)が他の3人には多分に影響を与えたようだった。
無良はもともとあまりいい状態ではなかった。両足が捻挫して不安が残る出場だった。もしかしたら先に滑った小塚選手があまり良くなかったことも知っていたかもしれない。そこに羽生の状態の悪さを目にしてしまう。
枠の責任もある、あまりメンタルの強くない無良が羽生の様子を見て落ち着かなくなってしまったかもしれない。氷を降りてリセットする環境があればまだよかったかもしれないがグループ1番滑走である。不安がそのまま露呈した思い切りのよくないSPとなってしまった。
 
ただ、テンとコフトゥンは無良とは違う。彼らは羽生の安定さを欠いた状態に「自分が決めれば勝てる」という意識を持ってしまったように見えた。言ってみればやる前から勝てると思ってしまったということだろうか。精神的な隙ができてしまったのかもしれない。
自分がまとめれば勝てる、と思えた場面であのアクシデントである。冷や水を浴びせられた気がしたかもしれない。
事故の不幸であったがあのSPスタート位置の余裕のない表情は自分の気持ちのおさまりのつかない状況をそのまま表しているように思えた。
 
SPは不幸で大差がついたがそれでFSが崩れないのが優勝候補だ。
テンはFS完璧ではなかったがジャンプはすべて降りた。個性が出たいい演技だったと思う。FSは1位になった。
一方で羽生は四回転二つともミスし総合2位、優勝は1転倒のフェルナンデスとなった。
SPのアクシデントがなければ…という思いがわかないはずはないと思う。それは仕方ない。理解できる。
ただテンが一番やりきれなかったであろうのは結果的にFSで技術点を上回ってもPCSで羽生にもフェルナンデスにも勝てなかったということだ。
演技順が二人の後ろであったらと思わないでもないがPCSの内訳を見たとき誰がどの順のあの演技をしてもそう変わりないのではないかと思われた。
1抜け1転倒で技術点を15点近く損をした羽生の方が上―――それが今回の結果。裏を返せば羽生にミスがなければ差はもっと大きくなる、ということだ。ステップアウト2つの小ミスのテンよりのびしろは大きい。
絶対評価だから比較して考えるのはおかしいのではと思われるかもしれないが試合ごとでバラバラに点がつく今のフィギュアスケート採点で完全な絶対評価は難しい。
特に優勝と争う場合はその対象と基準として考えるのは無理ないことだろう。
言ってみればこの世界選手権の結果は並び立とうと狙ったテンにとって最悪の結果になったのかもしれない。
 
それでももう済んだ話である。
来季テンは新たな四回転を考えてるという。羽生・フェルナンデス・コフトゥンと2種持ちはなかなか安定しないがどうなるだろう。
でもどちらかといえばテンは独特のリズム感を持った踊れる選手というイメージがある。
1種のままでブラウンのようにつなぎを多く入れた踊るプログラムというのも面白いと思う。
四回転入りのつなぎの多いプロは町田が今シーズンかなり苦労していたが上手くまとめれば評価は高いはずだ。
もっとも羽生が健康なら3クワドにするのは目に見えているので基礎点の差が大きくなってしまうが…
 
テンも割と体調が不安定な印象の選手だ。怪我も多い。
カザフスタン五輪招致などのありなかなか忙しいオフになりそうだ。
それでも今回の悔しさを昇華してよりグレードアップしたところを来季見せてほしい。
今季のGPF・ユーロ・四大陸・ワールドが終了しチャン・羽生・フェルナンデス・テンとその他の選手の間に地力に差があると印象付けた1年だった。
力はあるが不安定・波があると思われがちな印象はぬぐえたはずだ。タイトルもとって悪くない1年だった。
そういういいイメージを思い返して新たなシーズンに向かって欲しい。
今季のFSのシルクロードは彼らしいとても素晴らしいプログラムだった。
 
世界選手権の感想が長くなってしまったのでテンの今季のデータまとめは次の記事に…